第3章

  分析に用いる銀行および銀行財務指標の選定

   


第1章で述べたが、(銀行の倒産・非倒産)判別分析を行うには@倒産・非倒産の各群の内どちらに属するか「既知」の銀行財務指標データを収集する、Aそれを基に判別関数式を作成する、Bその判別関数式を用いて倒産・非倒産の可能性について「未知」な銀行の財務指標データを代入し格付けする、という大きく3つのステップを踏む。

ここでは、判別関数式を作成するための「既知の銀行」と、それによって格付けする「未知の銀行」をどこにするか選定する。その次に、判別関数式の作成に用いる銀行財務指標をどれにするか選定する。

 

3.1 銀行の選定

3.1.1 判別関数式の作成に用いる銀行の選定

判別関数式を作成するために用いる「既知の銀行」であるが、まず倒産群に属する事が既知である銀行について選ぶ。倒産群に属している銀行とは、破綻もしくは破綻後に特別公的管理下に置かれている銀行および金融整理管財人の管理下に置かれている銀行である。現在これに当てはまる銀行は下記の5行である。

<倒産群銀行>

 ・長期信用銀行(現在特別公的管理下):

   日本長期信用銀行(平成101023日破綻)

   日本債券信用銀行(平成101213日破綻)

 ・第2地方銀行(現在金融整理管財人管理下):

   幸福銀行(平成11522日破綻)

   国民銀行(平成1141日破綻)

   東京相和銀行(平成11612日破綻)

 

次に、非倒産群に属する事が既知である銀行についてであるが、上記の倒産銀行以外の銀行を全て利用する事は都合が悪い。即ち、従来銀行業界は保護行政によって守られていたため、倒産した銀行が少ない。対する非倒産銀行は数が多く、倒産・非倒産のデータのばらつきに偏りが出てしまう。また、非倒産群に属する銀行の中でも健全性において下位レベルの銀行を用いると、倒産群に属する銀行と危険性が同等である事も考えられ、判別関数式による倒産・非倒産の判別の精度が低くなる事が予想される。よって、精度を高めるためにも銀行数は10程度、倒産銀行と明らかに財務健全性に違いの見られる上位銀行から選ぶ事とする。ここで上位銀行をどこにするかの基準が問題となってくる。格付け・株価を基に上位銀行を選び出す事も考えたが、判別関数式を銀行財務指標データより作成する都合上、同じ性質、即ち財務内容的に上位に位置する銀行を選定したい。そのため、いくつかの財務指標を基に独自の得点付けで銀行のランキングを行っている、「週刊ダイヤモンド別冊、銀行安全度ランキング2000年版」を便宜上参考にした。

以上より、下記の上位10行を選んだ。

<非倒産群銀行>

  静岡銀行 中国銀行 阿波銀行 七十七銀行 伊予銀行 山口銀行    常陽銀行 八十二銀行 岩手銀行   香川銀行

 

3.1.2 格付けを行う銀行の選定

次に、以上の銀行を用いて作成される判別関数式を用いて、格付け(判別)を行う銀行、即ち倒産・非倒産が「未知の銀行」を選定する。今回格付けを行う銀行は、社会的影響力が大きく、また再編・統合の注目が集まっている都市銀行8行と、破綻していない唯一の長期信用銀行である日本興業銀行を対象とする。加えて、先程と同様の基準による安全度ランキング最下位の銀行5行(地方銀行1行、第2地方銀行4行)についても格付け対象とした。また、先ほど脚注15で述べたように倒産銀行である「新潟中央銀行」と「なみはや銀行」についても格付けを行う。

<格付け(判別)対象銀行>

  東京三菱銀行 住友銀行 さくら銀行 富士銀行 第一勧業銀行     三和銀行 東海銀行 あさひ銀行    日本興業銀行   地方銀行:泉州銀行

  第2地方銀行:中部銀行 東日本銀行 関西銀行 仙台銀行

 ・倒産銀行(現在金融整理管財人管理下):

   第2地方銀行:新潟中央銀行(平成1110月2日破綻)

         なみはや銀行(平成1187日破綻)

 

3.2 銀行財務指標の選定

一般に、銀行の経営分析は普通企業の経営分析と同じであるが、金融機関は預金を中心とした他人資本を企業に貸し付ける、いわば負債経営と言えるもので、受入利子と支払利子との差額を利潤の形で獲得する点が、普通企業と大きく異なる。そして、それに合わせた財務諸表構成となっているため、普通企業と同じ分析をすると有意でない結論を導いてしまう。

例えば、銀行の負債比率(負債÷自己資本)を求めてみると、上記の様に負債経営であるため、その値から経営が行き詰まっていると推察するのは早合点である。具体例として、平成11331日現在のさくら銀行の負債総額、及び自己資本総額は、貸借対照表の「負債の部合計」、及び「資本の部合計」よりそれぞれ「44,985,195百万円」、「2,223,521百万円」である。除算すると、20.23倍である。比率であるためパーセンテージ(%)で表すと、2023%となってしまい、普通企業であれば倒産であろう。しかし、負債経営である金融機関に対して同じ判断を下すのは正しくない。

よって、金融機関の経営分析は次の3つの側面から分析される事が多い。@流動性分析、A安全性分析、B収益性分析である。

@は、「貸借対照表の資産・負債各項目の流動性(換金性)をみるもの」であり、支払準備率・流動性比率・長期運用調達比率などがある。

 Aは、「運用資産に対する資本等の比率により、資産の安全性をみる」指標で、自己資本比率・外部負債比率・動産不動産比率などがある。

Bは、収益性をみるもので、経常利益・経常収支率・経常利益率・利益率・預貸金利鞘・総資金利鞘などがある。

果たして、これらの指標で銀行の倒産・非倒産を分析可能なのであろうか。たとえば、前節3.1で紹介した「週刊ダイヤモンド別冊、銀行安全度ランキング2000年版」ではどのような指標を用いてランキングを行っているのであろうか。そこで用いられていた指標は以下の通りである。

 @体質安全度(自己資本比率)

A不良債権の軽さ(リスク管理債権比率)

B本業で稼ぐ力(業務純益)

C総合的な採算(総資金利鞘)

D資産活用効率(ROA

E実体収益性(ROE

Fスケールパワー(資金量)

Gコストダウン努力(経費率)

H利益マンパワー(行員1人当たり業務純益)

Iリスク耐久力(行員1人当たり純資産)

なぜこれら10個の指標を用いて銀行のランキングがなされたかは、多分に恣意的かつ曖昧な判断基準によって決定されたと考えられる。しかしながら、銀行分析を行うにあたっての1つの出発点として、ここではこれら10個の指標を便宜上主として参考にして、果たしてこの中でどの財務指標を用いるべきかを考える事とする。

「自己資本比率」は、国際決済銀行(BIS)によって自己資本比率の国際的統一基準(BIS基準)が導入された事もあり、現在の銀行経営指標としては最重要とも言える指標である。しかし、都市銀行各行の自己資本比率は、どこも国際業務水準の8%を優に超えている。これは、最近の貸し渋り問題との関連が考えられる。貸出資産を圧縮し、自己資本比率を算出する式(自己資本÷リスク・アセット総額)の分母を小さくする事で、自己資本比率を大きく見せかける事が可能だからである。「民間部門向け債権」に対するリスク・ウェイトは100%なため、一番分母に占める割合が大きい。よって、民間部門への貸出しを少しでも減らす事が出来れば、自己資本比率はプラスの方向へ大きく影響を受ける。また、自己資本は大きく「基本的項目」・「補完的項目」の2つから成るが、補完的項目を見ると「うち自己資本への算入額」という項目があり、全ての金額を自己資本へ繰り入れていない銀行もいくつかあった。なぜかは分からないが、任意のようである。これでは、優良銀行であればあるほど自己資本比率が高い、という指標として成り立たなくなってくる。よって、一般の企業分析に用いられる自己資本比率(=自己資本÷総資産)を用いることにする。但し、ここでの自己資本は貸借対照表の「資本の部合計」である。

「リスク管理債権比率」も重要な指標である。この指標は「=リスク管理債権額÷貸出金合計」によって求められる。しかし、倒産した銀行について調べてみると、ピックアップした倒産銀行10行中3行が、リスク管理債権額を記載していなかった。また「貸倒引当率」も重要な指標であるが、「=貸倒引当金÷リスク管理債権額」によって求まるため、算出できない。これらは銀行の経営状態を見る上でとても重要な指標のため、記載の無かった倒産銀行3行のデータを用いる事を諦めた。これは、先の脚注16にも書いた通りである。

「業務純益」については、単純に比較すると規模を無視してしまう事になる。特に統計分析を行うに当たっては、大きすぎる値や小さすぎる値は、「はずれ値」として除外しておく事が、前提となる。よって、業務純益を各行の従業員数で除算した「1人当たり業務純益」とした。同じ様に、「1人当たり自己資本額」・「1人当たり預金残高」を用いることにした。前者は、行員数規模を考慮してどれだけ安全であるか、後者は行員規模を考慮してどれだけ預金獲得能力・営業能力があるかを見る。

「総資金利鞘」に関しては、判別関数式を作るに当たり地方銀行のデータを主として用いているため、総資金利鞘は国内業務のみとした。

ROA」と「ROE」は、先のBIS基準導入の背景も有り、重要であるため取り入れた。しかし、実際にROEを算出してみると問題が生じた。ROEは「税引前当期純利益÷自己資本額」によって求めたのだが、分子も分母もマイナスの銀行があったため、ROEがプラスとして算出されてしまった。これでは銀行が株式を含む自己資本を、どれだけ効率良く運用しているかが分からない。そこで、「ROE代替指標」なるものを用いる事にした。それは、「自己資本÷(自己資本−税引前当期純利益)」である。企業は利益を上げれば、自己資本が増加して企業の成長につながる。よって、現在の自己資本額を前期の自己資本額で除算すれば、どれだけ成長したかの成長性指標としてROEの代替となると考えた。勿論、自己資本額が税引前当期純利益よりも、マイナスの度合いが大きければ、やはりROE代替指標を用いても、経営が極端に悪い銀行が良いという、誤った結果が出てきてしまう。今回に限っては、分母が都合良く正の値に算出されたので用いる事にした。

「資金量」に関しては、都市銀行の方が優れているのは当たり前であり、判別関数式作成後、都市銀行の値を代入してみた時に、「非倒産」の要素として大きく影響するのは容易に予想される。また、行員数で除算してもその影響は除外できないと考え、この指標を用いるのはやめた。

「経費率」は銀行ごとの経営効率を浮き上がらせる良い指標であると判断し、組み入れる事にした。

また、「経常収支率」は費用と利益のバランスを示す指標であり、この数値が高ければ倒産の要因の一つになるとし、組み入れた。

更に、「有価証券投資効率」を用いて、「1人当たり預金残高」、即ち「営業力」とは異なる収益力を見る指標とした。

以上、合計で12個の財務指標を用いて判別分析を行う事にした。以下に、各指標とその算出式を改めて列挙する。独自の計算による指標もあり、一般的な指標と計算が異なるものにはアスタリスク(*)を付記している。

<利用した財務指標一覧>

      =自己資本額÷(自己資本額−税引前当期純利益)×100%  

また、これら財務指標を算出するにあたって各銀行の331日時点(本決算)の財務諸表を利用した。基本的に、1999331日現在時点(事業年度は1998年)発表の財務諸表を利用している。破綻行については、破綻した時点よりさかのぼって最近の331日時点の財務諸表を利用した。つまり、3.1.1において列記した破綻行の破綻年月日を参考にすれば、日本長期信用銀行(1998年)、日本債券信用銀行(1998年)、幸福銀行(1999年)、国民銀行(1999年)、東京相和銀行(1999年)、新潟中央銀行(1999年)、なみはや銀行(1999年)の財務諸表を各行について利用した。



 next
 back