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3.5.1 初期段階の人的資本の蓄積とその後の経済成長の関係について

1つ目の仮説は,Azariadis and Drazen(1990)に代表される仮説で,質的な人的資本のレベルがそれに対する投資に影響を与え,経済成長に違いをもたらす,というものである.この仮説においては,質的な人的資本が低い経済では人的資本投資が全く行われないために経済成長率が低くなるという,低開発の罠に陥ることを示している.

この仮説の特徴は,質的な人的資本の持つ外部性に焦点を当たことである.個人の人的資本は自分が行う教育や訓練の他に,周囲の人々の人的資本にも影響されるという点に注目している.例えば,学校や職場などで普段接している人々から,様々なことを教わったり,刺激を受けたり,学びあったりしている.これらは,親から子へと伝播していく世代間の外部性や,同じ世代の周囲の人々から伝わる世代内の外部性が考えらるgif

この仮説を検証するために,次のような仮定をおいた.それは,初期時点の人的資本が高い経済ほどその外部性によって人的資本の蓄積が進み,経済成長を高めるというものである.この仮定の正否を確認するため,経済成長率と60年における人的資本の関係を推計した.

初期時点の人的資本の代理変数としては,(1)初等教育,中等教育,高等教育別に分類した段階別の学校教育登録率と,(2)学校教育修学度の2つを用いる.この2つの変数を用いる理由は,前者は教育の普及に関する側面を表し,後者は教育水準の側面を示すと考えられるからである.たしかに,教育の普及による影響は,経済成長が進むにつれて弱まると考えられるが,発展の初期段階においては十分に重要な要素であると考えられるからである.

段階別の学校教育登録率を説明変数とした実証結果は,表gifのようになった.

  
表: 経済成長率と初期時点の教育の普及の関係

この結果から言えることは次の点である.第1は,初等教育の学校登録率は,経済成長と有意に正の関係にあることである.このことから,初等教育に関する人的資本の蓄積が,その後の人的資本の蓄積に影響を与え,高い経済成長をもたらしたと考えられる.特に,東アジアでは,その係数とt値がともに高い値を示しており,他の経済地域よりもこの仮説が当てはまっていると解される.

第2は,中等教育の係数が,全てのサンプルの場合は負の値を示している点である.当時の中等教育に関する人的資本の蓄積は,その後の経済成長率に対して,負の効果を与えていることである.東アジアについても,正の値を示してはいるものの統計的な有意性に乏しいため,正の効果があったとは断言できない.ただ,その後の高い経済成長に鑑みるなら,むしろ積極的に正の効果があったと考えても問題はないかもしれない.

第3は,高等教育の人的資本は,その後の経済成長には何も影響を与えなかったということである.この点は,東アジアでは負の効果として表れている.60年における高等教育の人的資本の蓄積が経済成長と有意な関係が無かった理由としては,当時に高等教育を受けている人の数が限定的であったことことなどが考えられる.

ここでの結果をまとめるなら,初期段階の教育の普及とその後の経済成長率の関係は,初等教育においてのみ有意な結果が得られた.そして,東アジアでは,初等教育と中等教育における人的資本の蓄積が,その後の高い経済成長をもたらした一因であると解される.

次に,初期段階の教育水準と経済成長の間に関係があるのかについての分析を行った.教育水準として学校教育修学度を説明変数にした場合は,結果は表gifになった.

  
表: 経済成長率と初期段階の教育水準の関係

全てのサンプルを取った場合,60年初期の質的な人的資本の水準は,男性も女性も統計的な有意性に乏しく,その効果を断言することができない.

重要な点は,東アジアの係数である.男性の教育修学度の係数が有意に正の値を示しているのである.これは,初期段階の男性の教育水準が,その後の経済成長にプラスの寄与をしたことを意味している.この点は重要である.というのも,東アジアでのみ有意に正の効果があったということは,この要因が主になってその後の高い経済成長をもたらしたと考えられるからであるgif

ここでの議論をまとめるなら,東アジアの高い経済成長率の一因としては,男性の学校修学度が有意な関係にあるということである.特に,この効果は,他の経済地域には見られなものであり,東アジアの高成長を一部説明するのであると考えられる.



Tomoya Horita
1999年11月02日 (火) 15時39分30秒 JST