市場機能活用と市場構造理解の新たな試み

‐スポーツ選手の証券化および人工市場を用いた株価理解‐

 
 
総合政策学部3年 木上貴史
総合政策学部3年 風岡宏樹
 

 

岡部研究プロジェクト研究報告書
2006年度春学期(2006年8月改訂)



 

本稿の作成にあたっては、日頃から丁寧で親切なご指導をしてくださった岡部光明教 授(慶應義塾大学総合政策学部)に深く感謝と敬意を表したい。また、岡部光明研究会 のメンバーには、研究会や共同研究室(κ201)での議論においてとても有益かつ参考 になる意見を頂き感謝している。なお、本論文はインターネット上においても全文アクセスおよびダウンロード可能である。(http://www.okabem.com/paper/) また、本稿に関するコメントや問題点等は、著者にご連絡いただきたい。
電子メールアドレス:木上 s04230tk@sfc.keio.ac.jp、 風岡 s04191hk@sfc.keio.ac.jp

全文ダウンロード(PDF形式)


概要

社会を効率的に組織し運営してゆくうえで、市場メカニズムは欠かせない一つの要素である。むろん、その有効性とともにその限界や期待される機能が作動するための諸条 件も従来から指摘されている。本稿は、市場メカニズムのこうした両面を意識しつつ、 従来例をみない側面における市場機能の活用(具体的にはスポーツ選手の証券化)、お よび新たな手法による市場構造の理解(具体的には人工的に構築した市場を用いた株価 変動の理解)を試みたものである。

まず第1部「スポーツ選手の証券化:業界合理化提案」では、スポーツ選手、特にプ ロサッカー選手の契約形態に焦点を当て、近年高騰化が問題となっている選手の年俸な いし移籍金について理論分析を行うことにより、問題解決にとっての一方法を提案した。 まず現行の選手契約の形態を概観するとともに、年俸や移籍金が高騰している現状を分 析し、次いでこれらクラブの支払金高騰の解決策として選手の証券化を提案した。証券 化とは、一般に所有資産をバランスシートから切り離し(オフバランス化)、その資産 が将来生み出すキャッシュフローを裏付けに証券を発行し、売却することである。ここ では、選手を証券化するモデルとして、@マーチャンダイジング(ファン等の対象主体 に何を、いくらで、どのように提供するかを決めること)の一手段としての証券化、A 選手の新しい契約形態としての証券化、の2つを提案した。@は選手のブランド価値を 資産として証券化し一般投資家が購入するという方法であり、これはクラブによるマー ケティング戦略の一つと位置づけることができる。Aは選手の能力やブランド価値が、 一般投資家によってではなくクラブ間という比較的狭い市場で評価そして売買され、そ の結果、その証券の額面価格が年俸額となる新しい契約システムである。この2つの提 案に関して、@についてはモデルの問題点の有無とその解決策、Aについてはモデルの 効果をそれぞれ理論的に分析した。その結果、@は(a)クラブ側にキャッシュ流入をも たらす利点があること、(b)ただしクラブ側と一般投資家の間における情報の非対称性 ii に基づく逆選択が起こる可能性があること、(c)上記(b)の問題はクラブ側が証券を自ら ある程度購入することで回避できること、が判明した。次にAに関して、モデルから導 出される選手の年俸と現行の年俸の比較を行い、前者の方が後者よりも小さくなること が判明した。したがって、プロサッカー選手の証券化はクラブの支払金高騰を抑制でき る合理的な対応といえる。

第2部「人工市場を用いた株式市場構造の分析」では、日本経済の動向を示す代表的な指標である日経平均株価の変動要因を分析した。株価動向を説明する要因としては、 従来、個別企業のファンダメンタルズ(利益率等)、日本経済のファンダメンタルズ (経済成長率、物価動向等)、さらには各種の外生的要因(原油価格等)が重視されて きた。しかし、株式市場の内部構造の相互作用(市場参加者の行動パターンなど) を反映した株価動向の理解は、重要であるにもかかわらず、ごく最近になってようやく 進んできたに過ぎない。本稿では、日経平均株価は@各種ファンダメンタルズや外生的 要因による影響、A市場参加者の限定合理的な振る舞い(経済主体は情報処理能力に 限界があるため現実には限られた情報を用いて次善的な行動をすること)による影響、 の2つに分解できると考えた。そこで、@に対しては回帰分析に基づく株価水準の導出、 Aに対しては人工市場の構築による株価変動の導出を行い、これら2つを合成したもの と現実の日経平均株価の差異(誤差)を求めた。本稿の人工市場において市場参加者の 行動は、「バイアス」(強気バイアスなどの4種類)と「戦略」(順張り・逆張りの2種 類)の2つの性質に従って決定されると考えた。分析の結果、2つのことが判明した。 第1に、株式市場を構成する市場参加者のタイプは6種類(例えば「強気バイアス・逆 張り」等)であること、である。第2に、回帰分析単独で予測するよりも、それを人工 市場と融合させた方が誤差を減らすことができ、従って「人工市場」という手法が有効 であること、である。

キーワード: 証券化、年俸、移籍金、人工市場、限定合理性、ランダムウォーク
        

  • 目次
  • 本文(PDF形式)


  • 岡部光明教授のホームページ
    SFCのホームページ