日本企業のガバナンス構造と企業パフォーマンス

株式持合および雇用調整に関する実証研究

 
 
総合政策学部3年 藤井 恵

総合政策学部3年 杉山貴昭

岡部光明研究会研究報告書
2003年度秋学期(2004年2月改定)



本稿作成にあたっては丁寧で親切なご指導をしてくださった岡部光明教授(慶應義塾大学総合政策学部)に深く感謝したい。第一部については岡部研究会と池尾研究会のインターセミナー(2003年12月20日)において池尾和人教授(慶應義塾大学経済学部)から有益なコメントを頂いた。この場を借りて改めて感謝の意を表したい。また研究報告会議(2003年1月17日、18日)において有益な議論を交わすことのできた岡部研究会のメンバーにも感謝したい。本論文はインターネット上においても全文アクセスおよびダウンロード可能である。(http://www.okabem.com/paper/)  

電子メールアドレス: 藤井s01765kf@sfc.keio.ac.jp杉山s01482ts@sfc.keio.ac.jp

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概要

 

日本企業の構造および行動様式については従来から様々な特徴が指摘されてきた。特に日本企業のガバナンス構造は、その行動様式に密接に関係しているとされる。本稿では、そうした諸特徴のうち企業と銀行の間における株式持合とその動機(第1部)、企業のガバナンス構造と雇用調整の関係(第2部)につき、大企業の財務データを用いて実証分析を行った。

 

第1部では株式持合の動向とその要因をやや詳細に解明することを試みた。株式持合は、1990年半ば以降、全体として急速に解消する傾向が見られる。それはどのような要因によるものか、またそれは企業にとって何を意味するのか。ここでは、株式持合のうち事業会社による金融機関株式の保有に焦点を当て、その場合の株式持合がどのような要因で変化しているかを分析した。具体的には、株式持合の度合い(事業会社による融資第一順位金融機関持ち株比率)を被説明変数とし、これを市場からの圧力(外国人・投信持ち株比率)、企業類型に基づく要因(売上高、利払い能力)、金融機関との関係の強さ(融資第一順位金融機関融資比率)で説明する回帰式をパネルデータを用いて計測した。企業のサンプルとしては機械、電気機械、鉄鋼の3業種に属する大企業129社(全国株式市場の一部および二部上場企業)を採用した。推計期間は、持合解消が顕著に進みはじめた1995年から最新時点の1999年とした(年次データ)。その結果、(1)規模が小さく、財務状況が良好でない企業が株式持合を維持していること、逆に売上高が高く財務状況の健全な企業は株式持合を解消する傾向にあること、(2)金融機関からの融資額が多く、金融機関と密接な関係にある企業ほど持合傾向が強いことが判明した。銀行との資金・株式保有関係の強い企業群では持合が維持され、経営への規律づけが働かない状態が継続する。その結果、不十分な経営成果が継続することから資本市場の評価も低いままとなり、持合解消を促す要因である株式市場の圧力が加わらないという循環に陥ることを意味する。こうした企業のために政府はすでに産業再生機構によるメインバンクのモニタリン能力の向上、商法改正による委員会等設置会社の選択性の実施など制度的措置を整備してきた。今後はその制度に沿った具体的な措置の一層の推進を図ることが望まれる。

 

第2部では、企業のガバナンス構造が企業の雇用調整のあり方とどう関わっているかに焦点を絞って検討した。日本における長期雇用の慣行は、その他の各種日本的慣行(メインバンク制、株式持合等)と相互補完関係にあるという議論が従来なされてきたが(制度的補完性)、そうした関係は実証的に確認できるのか。また近年その関係が崩れてきているとされるが、そういえるのか。もし、そうだとすればそれにはどのような要因が作用していると理解できるのか。ここでは、標準的な部分雇用調整モデルを用い、とくに各種のガバナンス変数(メインバンク借入れ比率、外国人持株比率、上位10大法人持株比率など)の影響を検討した。使用データは、主要企業の1989年(500社)および1999年(501社)の財務データであり、この2つの年に関してクロスセクション分析を行った。その結果、次のことが判明した。(1)メインバンクは1989年には企業の雇用調整を遅らせていた(両者は相互補完関係にあった)が、1999年になると二期連続赤字期に企業の雇用調整を速める作用をする(状態依存型ガバナンス)、(2)負債比率(負債の規律付け効果)は1989年には全く企業の雇用調整に影響を与えておらず、また1999年においても赤字が二期連続する場合に限って速める効果をもつに過ぎないこと、(3)株式の保有構成(上位10大法人持株比率、金融機関持株比率、外国人持株比率)が雇用調整に与える効果は極めて限定的なものにとどまること(1989年には認められないうえ1999年にも二期連続赤字期に限って検出)、(4)以上の結果が示すように近年はいずれのガバナンス指標も二期連続赤字期といった切羽詰った状況になってはじめて雇用調整を促進すること、である。企業経営の規律付けは肝要である一方、それが雇用調整と失業率増加という社会不安を引き起こす可能性もあるので、まず労働時間で調整するなどの仕組み(ワークシェアリング等)の導入が今後期待される。

【キーワード】 コーポレート・ガバナンス、株式持合、日本的雇用慣行、制度的補完性、状態依存型ガバナンス 




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