日韓自由貿易圏形成の経済効果に関する実証分析

 
 
 

松村音彦 総合政策学部4
北川英弘 総合政策学部3

岡部研究会研究報告書
2000
年度春学期(2000816日改訂)




本論文の作成に当たり、岡部光明先生から非常に数多くのご教示を頂いた。また、岡部研究会のメンバーからも、貴重なコメントを頂いた。記して深く感謝したい。
電子メールアドレス: 松村 s97903om@sfc.keio.ac.jp 北川 t98309hk@sfc.keio.ac.jp

 

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概要


 戦後日本経済の発展は、貿易の拡大によって支えられた面が極めて大きい。こうした経験に基づき、最近、日本は特定の国(韓国、シンガポール、メキシコ、チリ)との間で貿易を完全に自由化する(関税および非関税障壁を撤廃し自由貿易協定を締結する)方向を模索しつつある。そうした二国間自由貿易協定が締結される場合、その影響は、両国の輸出入面をはじめ、両国内での生産および流通、物価、そして経済成長率など様々な面に現れるだけでなく、当該二国間以外の貿易面にまで及ぶ。本論文では、日本と韓国の間で貿易が完全に自由化されたとした場合の経済効果について、貿易面への影響を中心に二つの手法によって定量的な検討を加えた。

  第1部は、日韓自由貿易圏の形成が、日韓両国および域外国に対して貿易および経済成長率に対し、どのような影響を与えるかを分析した。まず日韓両国の現状について、両国の貿易における相互依存関係を、国の国際競争能力に対しての結合度をあらわし、かつ補完的であるか競争的であるかを表す指標としてブラウン貿易結合度指数を用いて分析した。この分析の結果、日本・韓国は結合度が高く、相互補完的であるという結論を得た。また、関税の現状については韓国の対日輸入制限が撤廃されたたものの、農産物関税は依然として高く、自由貿易圏の形成にはかなりの政策努力を要する可能性があるものと考えられる。次に、既存の自由貿易圏が貿易に与えた影響について、それらの形成前後のクロス・セクションデータを用いて分析を行なった。そこではグラビティ・モデルに自由貿易圏の形成による貿易創出効果と貿易転換効果を計測するダミー変数を加えたモデルが使用された。その結果は、貿易転換効果が全期間にわたって有意に計測されたのに対し、貿易創出効果は、ほとんどの自由貿易圏に関して形成前でマイナスとなり、それら形成後には有意に観察されなくなる、というものであった。この結果から、これまでの自由貿易圏の形成を見る限り、それによって貿易転換効果が発生しており、それによるブロック経済化が促進されると推測できる。このことは日韓自由貿易圏形成に関しても、その政策と同時に貿易転換効果が最小限となる経済環境を両国が整備しなければならないことを意味する。さらに、日本経済研究センターの行った応用一般均衡(CGE)モデルによる日本を中心としたアジア太平洋地域の自由貿易圏がもたらす経済的影響についての試算では、日韓自由貿易圏よりも全体が自由貿易圏を形成することは、域内国のみならず域外国にもプラスの影響が出ることが示されている。したがって、日韓自由貿易はそれによる直接的な経済的利益のみにとどまらず、を含む、より広い枠組みへの第一歩として評価すべきである。

 第2部では、日韓自由貿易圏が関税、非関税障壁の完全な撤廃を伴うものであると想定した時、その政策が製造業民間最終消費財市場に与える影響を、不完全競争をとりいれた静学的な部分均衡モデルを用いて分析した。そこで定式化された経済構造の特徴は、以下の6つに要約される。すなわち、(1)市場は産業ごとに定式化される、(2)両国それぞれにおいて国産財市場と輸入財市場があり、それらは不完全代替の関係にある分割されたものとして取り扱われる、(3)各企業は互いに差別化された種類の財を生産する、(4)企業はベルトラン流の行動をとる、つまり他の企業の価格を所与として自らの価格を利潤最大化するように決定する、(5)企業の生産費用は産出数量だけによって規定され、またその限界費用は逓減する、(6)新規企業の参入はない。試算結果によれば、(1)日韓両国の相互供給価格はほぼ全ての産業で低下し、その結果、(2)両国における消費数量と日本の供給数量はほとんどの産業で増加する一方、(3)韓国の供給数量は過半の産業で減少し、それによりこれらの産業の対国内供給価格は多少上昇するが、(4)日本と韓国を通して見た総取引量は過半の産業で増加する。これにより、個別の産業あるいは需給への影響には差が出るものの、全体として日韓自由貿易圏の形成が両国の製造業民間最終消費財市場を活性化させることが確認された。

Keywords: 日韓自由貿易圏、ブラウン貿易結合度指数、貿易創出効果、貿易転換効果、グラビティ・モデル、不完全競争、ベルトラン流の企業行動、右下がりの限界費用曲線


 



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